ヤマガキ
Published in Osaka City University (Osaka City University) • Dec 1, 1957
NobleIDNI4P41W83R25S22
Authors:
厳比古 大浜
Abstract
以稚時不渉遊藝之庭。横翰之藻自乏乎彫蟲焉。幼年未逕山柿之門。裁歌之趣詞失乎聚林矣。 / 右の文中の「山柿」が何人を指すかに就いては論の紛糾して定説を定め難い所であるが、この点に就いていささか私見を述べてみたい。興味のあるのは、この論争が、いわば長い万葉批評史に関っている点である。「山」を赤人とする説は、遠く古今集序文に始まり、近世末に篠舎漫筆の張紙があらわれる迄は、なんら異を挟まれることなくうけつがれ来た考え方であった。これは平安時代に於ける三十六人集に、万葉歌人では人麿集と赤人集と家持集とがあること、勅撰和歌集に赤人の歌五十首に対して憶良は五首にしか過ぎないことなどに見られる如く、万葉を人麿...
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